古湯ゆけむり店主たちが選ぶ「愛」にまつわる本と映画 - PART1
2024.09.20 NOTE posted by hinatabunko
この記事では、第2回古湯ゆけむり古本市へ出店する店主さん(以後「ゆけむり店主」と呼ばせていただきます)をご紹介していきます。また店舗紹介とは別に主催者自身がこの企画をより楽しみたいという思いから、ゆけむり店主さんたちの大好きな一冊・一本についても伺ってみました。テーマは古本市と同時開催の第39回古湯映画祭のゲスト・今泉力哉監督にちなんで ”恋愛”。 本と映画をそれぞれ1作品ずつ選んでもらい、推薦理由も教えていただきましたので、当日のゆけむり古本市と合わせてお楽しみいただければ幸いです。下記でご紹介する作品は、当日の会場にて展示・販売も予定しています。
ゆけむり店主1人目:新刊と古本scene(熊本・熊本市)
熊本県庁から徒歩数分の場所にある古本と新刊のお店。ポップカルチャーやコミック、アートブックなど店主のお気に入りが散りばめれらた本棚に興味をそそられること間違いなし。不定期で作家さんを交えた企画展なども開催中。
本 『コーヒーと恋愛』 著者:獅子文六
オリジナルは「可否道(こーひーどう)」というタイトルで1960年代に新聞連載されていたもので、コーヒーが繋ぐ不思議な人間模様を描いた作品です。サニーデイ・サービスの「東京」というアルバムに同タイトルの曲があり、それを通して知りました。現在入手できるちくま文庫版は、美しい桜が印象的なそのアルバムジャケットをそのまま使い、中央にカップ&ソーサーをあしらった、とても粋な装丁になっています。
出版:筑摩書房/1969年
映画 『(ハル)』 監督:森田芳光
インターネットの前身である「パソコン通信」というツールを使って知り合った(ハル)と(ほし)の二人が、メールのやりとりを通じて少しずつ仲を深め、恋愛に発展していくという物語です。ほとんど台詞がなく、ディスプレイに映るメールの文面を中心に物語が進んでいくという演出が当時斬新でした。特に印象的なのが、はじめての出会いのシーン。新幹線に乗った(ハル)を見送るため、線路沿いに立つ(ほし)。電車が通り過ぎるほんの一瞬、かろうじて目にできた、目印のハンカチを振り合うお互いの小さな姿。二人の切ない気持ちが伝わってきて、静かに胸が熱くなります。
配給:東宝/118分
制作:光和インターナショナル/1996年
上記の2作品を選んでくれた古本と新刊 sceneさんのWEB→https://scene-books.com/
ゆけむり店主2人目:憫農文庫(宮崎・椎葉村)
日本三大秘境、椎葉村。宮崎県の山奥にあるこの村から、一人の図書館司書と一人の農村研究者とで参加します。身近な地元から遠い地の果てまで、広く社会を見つめなおしたり、立ち止まって考えたりできるきっかけになる本を選んでいます。
本 『夏物語』 著者:川上未映子
恋愛の結果として生まれるものとは何か。それは結婚という契約関係であり、子どもという新しい存在なのではないかと思います。
学生時代の、その時代限りであろうと本人たちも薄々気づいている恋愛関係でない限り、多くの恋愛関係は次の世代を作ることを望まれてきたと思います。そしておそらく恋愛関係にある当人同士も、それを望んでいる人が多いのだろうと信じています。
しかし生まれてくる子どもにとって、生とは望んでいたものなのかという疑問は拭いきれません。よく反抗期の子どもが言う「産んでくれと頼んだ覚えはない」というセリフは本質をついている部分もあるのです。親に向かって上記のセリフを言ったことのない方でも「自分はなぜ生まれてきたんだろう」と思ったことはあると思います。もし全く思ったことがなけれれば、とても幸せな人生なので誇りに思ってください。
さて、私が紹介する『夏物語』は反出生主義や非配偶者間人工授精 (AID)というテーマを扱っています。前者は「生まれてくると辛いことの方が多いので、子どもは産まない方が良い」という考え方のことで、後者は夫以外の精子を提供してもらい妊娠する方法のことです。
『夏物語』の主人公である夏目夏子は、すごく好きな恋人との性行為にも嫌悪感を抱いた経験があります。そのこともあり、これまで唯一のその恋人との関係性がうまくいきませんでした。しかし、ある時から自分の子どもを持ちたいという思いが大きくなり、配偶者がいない状態でのAIDを考えるようになります。その夏子に対して「子どもなんてくだらないことを言ってないで、小説を書きなさい(夏子は小説家として一応デビューしている)」と言う編集者や、「AIDをやったらいい」と背中を押してくれる小説家友達、「子どもが苦痛に塗れた人生を送るかもしれないのに、それでも出産するのか」と問いかけるAIDで産まれた当事者など、様々な価値観からの反応がありました。
それらの反応を受け、また、ある人物との出会いを通じて、次第に夏子の心は決まっていきます。
結果として夏子がどういう選択をするのか、あなたなら反出生主義やAIDに対して、また子どもを持つときに女性のみが身体的変化や社会環境の変化を受ける状況に対してどう考えるのか、などにじっくり注目しながら読んでほしい小説です。
出版:文藝春秋/2012年
映画 『リズと青い鳥』 監督:山田尚子
「恋愛」を辞書(『新明解国語辞典』第8版)で引くと、「特定の相手に対して他の全てを犠牲にしても悔いないと思えるように愛情をいだき、常に相手のことを思い、二人だけでいたい、二人だけの世界を分かち合いたいと願い、それがかなえられたと言っては喜び、ちょっとでも疑念が生じれば不安になるといった状態に身を置くこと」とあります。
ここで注目したいのは相手の感情には言及されていないことです。つまり、「恋愛」と言うときには自分がその感情を抱けば十分で、相手が自分をどう思っているかは必要ではないことになります。早い話が「片想い」も「恋愛」ということです。
私が紹介する『リズと青い鳥』は、希美とみぞれという二人の高校生が主人公です。アニメ『響け!ユーフォニアム』という作品のスピンオフなのですが、本編のパキッとした絵とタッチが異なり、淡い思い出のような独特の世界観になっています。
『リズと青い鳥』とは、劇中に登場する本のタイトルです。ひとりぼっちの少女リズのもとに、人間に扮した青い鳥が訪れます。二人は仲良く暮らし始めますが、土地に根差して暮らすリズと違って、青い鳥には季節ごとに行くべき場所があります。青い鳥はリズと一緒に行きたがりますが、リズは空を飛んで自由に移動することはできません……
この本を曲にしたものを、吹奏楽部としてコンクールで演奏することになった希美とみぞれたち。フルートソロを吹く希美とオーボエソロを吹くみぞれは、それぞれ自分を『リズと青い鳥』に重ね合わせます。青い鳥のような希美に対して、リズのように「恋愛」感情を抱くみぞれ。しかし、みぞれの秘めた感情が彼女の演奏に蓋をします。その感情を解き放った時、演奏と二人の関係性に変化が訪れます。
今青春の真っただ中にある人にも、在りし日の青春を思い出す人にも、おそらくあるであろう「片想い」の経験を、淡く懐かしく描いた映画になっています。本編のアニメ『響け!ユーフォニアム』の第2期までを見てからだと、さらに理解が深まると思います。みぞれと希美、二人の青い鳥の行方にも着目しながらご覧ください。
配給:松竹/90分
制作:京都アニメーション/2018年
上記の2作品を選んでくれたのは憫農文庫さんでした!
ゆけむり店主3人目:一陽来復(熊本・山鹿市)
熊本の山鹿にある「metro」の一角に開かれた蔵書600冊。リノベーションされた古民家の落ち着いた空間ではランチやカフェのお供にゆっくりと読書を楽しめます。絵本、昭和のコミック、ノンフィクション、随筆など幅広いジャンルの本を取り揃えています。
本・映画 『夜明けのすべて』 著者:瀬尾まいこ 監督:三宅唱
ある日、些細なきっかけから、パニック障害に陥った男性と長年、重度の月経前症候群(PMS)と付き合ってきた女性。そんな二人が否応なしに出会ってしまうというストーリー。いわゆる恋愛ものとは違うが、ふたりの病んだ心と、触れ合いを丹念に描いていく。「男女間に友情は成立するか」を真正面から描いた作品とも言える。
出版:水鈴社/2020年
配給:バンダイナムコフィルムワークス&アスミック・エース/119分
制作:ザフール&ホリプロ/2024年
上記の作品を選んでくれた一陽来復さんは2021年よりゲストハウス&カフェ「metro」さんにて無人本屋を運営しています。開業当時のイベントや店舗の場所など詳しい情報はこちら→metroさんのWEB